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東京高等裁判所 昭和38年(ナ)24号 判決

原告 長谷川太祐 外一名

被告 千葉県選挙管理委員会

主文

昭和三八年七月二八日執行の千葉県山武郡芝山町々長選挙に関する原告らの審査申立について被告がなした昭和三八年一一月二八日付の裁決を取消す。

右選挙を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求原因として

一、原告長谷川は昭和三八年七月二八日執行の千葉県山武郡芝山町々長選挙(以下本件選挙という。)に候補者として立候補し、落選したもの、原告佐久間は本件選挙の選挙人であつたものであるが、本件選挙について法定選挙費用の告示が誤つていたこと等を理由として芝山町選挙管理委員会に対し、原告長谷川は昭和三八年八月四日、原告佐久間は同月五日異議の申出をなしたところ、同委員会は同年八月三〇日原告らの異議の申出を棄却する、との決定をしたので、原告らは同年九月一二日被告に対し右決定に対する審査の申立をしたところ、被告は同年一一月二八日審査の申立を棄却する旨の裁決をした。

二、本件選挙は法定選挙費用の告示を誤つた違法がある。(一)芝山町選挙管理委員会は本件選挙の法定費用の告示(以下本件告示という)に際し、固定費一〇〇、〇〇〇円を算入せず、一八四、〇〇〇円と告示すべきを八四、〇〇〇円と告示したのである。(二)本件告示はいわゆる人数割費用の算定についても、その算定規準が不正確である。本件選挙についての正確な「選挙人名簿に登録せられたる者」の総数が明確ではない。仮に五九九三名(甲第五号証)であるとしても、本件選挙時の有権者総数が五八五七名であるということ(甲第六号証)、本件選挙の前に行われた県議、知事選挙時(昭和三八年四月一七日)の有権者総数が五九五六名であること(甲第三号証)、同町町役場瓜生吏員の調査した昭和三八年七月二二日の有権者数が五九五六名であること(甲第四号証)、本件選挙の投票所入場券が昭和三七年一〇月一六日死亡した者に来ていること(甲第七、八号証)などから考えると、芝山町選挙管理委員会は選挙人名簿について法の求めている厳格な調整手続を怠つていた違法がある。

三、本件選挙における本件告示の瑕疵は選挙の結果に異動を及ぼす虞れのあるものである。

(一)  芝山町選挙管理委員会及び被告は、原告らの異議の申出、審査の申立を棄却するについて、本件告示の瑕疵は認めながら本件選挙時の有権者総数(五八五七名)投票者数(五二四一名)投票率(八九・四八%)得票差(寺内候補三〇九六票原告長谷川二〇七四票、その差は一〇二二票)候補者の収入支出報告書(寺内候補六四、二五〇円、原告長谷川七六、八五〇円)同一告示条件下の選挙であることなどからみて、選挙をやり直してみても結果は変らないとしている。しかしながら選挙費用の告示を誤つた本件選挙のごとき場合は、選挙規定違反の選挙の結果に及ぼす影響は違法に取扱われた選挙人や投票の数を確定することにより判明するような場合と異り、前述のごとき形式的算定を許さぬものである。告示・立候補・選挙運動・投票・選挙会による当選人の決定という多くの手続段階を経て積重ねられ連鎖的・形成的・浮動的性格を有する選挙について本件のごとき場合にはかゝる形式的論理を容れる余地は全くない。法定選挙費用は選挙運動の実質的基準であり、候補者の全選挙運動は法定選挙費用額によつて枠付けられ、候補者としては法定選挙費用額を超えることが許されぬ以上、それを超えないよう細心の顧慮を払うのであり、その選挙の結果に及ぼす実質的影響は非常に大なるものがある。同一告示条件下の選挙であるから、その不利益は全候補者が受けているという点についても、仮にその不利益の程度が同一であるとしても、選挙の結果(得票数)は選挙費用の多寡に正比例するものではない。誤つて告示された法定選挙費用(八四、〇〇〇円)の下でなされた得票差、本件選挙についていえば、原告長谷川と寺内候補の得票差一〇二二票が正しい法定選挙費用一八四、〇〇〇円として行われた選挙についても生ずるものでないことは多言を要しないところである。更に本件告示において算入しなかつた固定費の方が人数割費用より多い、という点等からみて、本件告示の瑕疵は当落に影響を及ぼす可能性が認められ「選挙の結果に異動を及ぼす虞ある」ものである。

(二)  仮に右主張が理由がないとしても、本件告示の瑕疵は次の述べるような本件選挙についての具体的な事情から考えると「選挙の結果に異動を及ぼす虞ある」ものである。

(1)  本件告示の「八四、〇〇〇円」では充分な選挙運動ができない。芝山町は南北約一五キロ、東西約六キロの場所に部落が点在しており、各部落を遊説するについて自動車を用いても一日では廻り切れぬほど広大なところである。従つて選挙運動は自動車経費などの経費をみた場合法定選挙費用一八四、〇〇〇円を使つてはじめて徹底をみるのであり、八四、〇〇〇円の金額では選挙遊説も制限せざるを得なかつた。原告長谷川は「八四、〇〇〇円」を超過することを恐れ、選挙運動期間中自己の選挙運動を抑制しているのである。もとより候補者が法定選挙費用の枠の中で幾ら選挙費用として支出するかは自由であるが、候補者は法定選挙費用の全額を使つて選挙運動をなしうるのであり、それはいわば候補者の権利ともいうべきものである。原告長谷川は自己の意思により選挙費用を制限したものではなく、「八四、〇〇〇円」を超過することを恐れ誤つた法定選挙費用の告示に拘束されたのである。かゝる選挙の結果がその告示の瑕疵程度からみても選挙の公正を害することは明らかである。のみならず、原告長谷川は芝山町が出身地であるにしても東京都より帰郷した新人候補である。いかに多くの推薦人のもとに立候補したにしても選挙運動が充分にできなくては候補者としてなすべき重要なものである政策の発表すら不可能である。本件告示の瑕疵による影響が原告長谷川について寺内候補より大きいことは明らかである。

(2)  芝山町総務課長吉岡倉吉は、役場勤続三〇年、選管事務二〇年の経歴を持ち、選管事務についていわゆるベテランであるが、原告長谷川の対立候補であつた寺内元助(現町長)とは出生地も近く幼友達であり、寺内元助が芝山町合併前の二川村々長時代同村総務課長をしたことがある寺内候補派の人物であり、その反面川口幸一前町長よりは数年にわたり退職勧告を受けており、川口前町長の身代り候補である原告長谷川が当選した場合には当然退職せざるを得ないと本人が予期していた人物である。かかる吉岡倉吉が法定選挙費用の算定を間違える筈はなく、選挙管理委員会が本件選挙事務の執行を一切委せていた同人が故意に本件告示をしたものである。従つて吉岡倉吉と前述のような関係にあつた寺内候補は法定選挙費用が八四、〇〇〇円ではなく、一八四、〇〇〇円であることを知つていたものと思われる。仮に故意に本件告示がなされたものでなかつたとしても昭和三八年七月二一日前記吉岡からの電話によつて法定選挙費用が八四、〇〇〇円であることを知つた原告長谷川は時期を同じくして執行された近隣の多古町の町長選挙と比較してあまりに低額であるのに不審を抱き、原告長谷川の選挙事務長小川三樹男や芝山町々会議員において選挙管理委員会に問合せたところ、吉岡総務課長は同日「間違いない」と答えているが、この際選挙管理委員会では告示の誤りに気付いた筈である。従つて寺内候補はその時には法定選挙費用が一八四、〇〇〇円であることを知つたと思われる。寺内候補とすれば選挙費用が「八四、〇〇〇円」を超えても充分申し開きのできることが事前に判つていたのである。かように「八四、〇〇〇円」の枠にしばられた原告長谷川と正しい法定選挙費用が一八四、〇〇〇円であることが判つていた寺内候補の選挙運動が対等な立場でなされたといえないことは明らかである。寺内候補の本件選挙の収支報告書によれば支出総額は六四、二五〇円となつているが、寺内候補には饗応事実のあること、寺内候補と抱合せ候補であつた大木候補との得票数の奇妙な符合(寺内候補三〇九六、大木候補三〇八一)などから考えると寺内候補の支出総額は決して右金額に止まるものではない。そうでなければ、当時の町長、町会議長、副議長、前議長二名、町会議員十数名(同町町会議員数は二一名)外有力者多数の推薦のもとに立候補した原告長谷川と数名の町会議員の推薦のもとに立候補した対立候補寺内元助との間に得票数において三〇九六票対二〇七四票というような差が生ずる理由について、納得できないものがある。

四、芝山町選挙管理委員会は本件選挙の管理・執行に関する職務・権限を同町総務課長吉岡倉吉に一任して顧みなかつたものでそのこと自体選挙法規に違反し、本件選挙を無効ならしめるものであるが、その結果次に述べるような極めて偏頗粗雑な選挙が行われた。即ち、

(1)  選挙人名簿の調整が不正確であり、いわゆる人数割費用の算定に誤りがある。

(2)  本件告示の誤りは故意になされている。

(3)  寺内候補の選挙事務所について公職選挙法第一三二条違反があるのにこれを放置した。

(4)  本件選挙と同時に行われた町会議員補欠選挙において原告佐久間の開票立会人について公職選挙法第六二条違反をした。

(5)  本件告示の誤りが故意になされたのでなかつたとしても、原告らの度重なる問合せにより、選挙運動期間中に、吉岡倉吉は本件告示の瑕疵に気付いたのにそれを放置した。

かゝる違法な選挙の執行は選挙の結果に異動を及ぼすこと明らかである。

五、よつて原告らの審査申立を棄却した被告の裁決の取消を求める、とともに本件選挙の無効を求めるため本訴請求に及んだ、

と述べた。

被告訴訟代理人は原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。との判決を求め、請求原因に対する答弁として、

一の事実は認める。

二の事実のうち、(一)の事実及び本件告示が違法であることは認める。(二)の事実のうち、本件告示がいわゆる人数割費用の算定についてその算定規準が不正確であること、本件選挙について「選挙人名簿に登録された者」の総数が明確でないこと、昭和三八年七月二二日の有権者数が五九五六名であること、芝山町選挙管理委員会が選挙人名簿について法の求めている厳格な調整手続を怠つていた違法がある、ことはいずれも否認し、その余の事実は認める。

三の事実のうち前文の事実は争う。(一)の事実中芝山町選挙管理委員会及び被告が原告主張のような理由で異議の申出、審査の申立を棄却した事実、原告長谷川が新人候補であつた事実、原告長谷川と寺内候補の得票差が原告ら主張のとおりである事実は認めるが、その余の事実は争う。

(二)の前文の事実及び(1)の事実は争う。原告らが主張する不足経費の主なものは各部落を遊説するための自動車経費であるが、選挙運動に使用する自動車の経費は選挙運動に関する支出とみなされない(公職選挙法第一四一条第一九七条)のであるから、本件告示金額の誤りによる影響は毫もない。

(2)の事実のうち、吉岡倉吉が芝山町総務課長であつて、原告ら主張のような役場経歴を有すること、原告長谷川と寺内元助が本件選挙の対立候補であつたこと、寺内元助が二川村々長時代吉岡倉吉が総務課長として二川村役場に勤務していたこと、原告長谷川が昭和三八年七月二一日吉岡からの電話により法定選挙費用額が八四、〇〇〇円であることを知つたこと、原告長谷川が新人候補であり、原告主張の人々の推薦のもとに立候補し、寺内元助が数名の町会議員の推薦のもとに立候補し、その各得票数が原告主張のとおりであること、寺内元助の支出した選挙費用として原告ら主張のとおりの報告のある事実は認めるが、その余の事実は否認する。

四の事実は全部否認する。

本件選挙において芝山町選挙管理委員会が「選挙運動に関する支出金額の制限額」(公職選挙法第一九四条、同法施行令第一二七条)の金額を誤つて告示(同法第一九六条)したこと、即ち選挙の規定に違反したことは事実であるが、それが選挙の結果に異動を及ぼす虞はなかつた。けだし、右告示の誤りは両候補者につき均しくなされたもので、それによる不利益は両候補者に均しく及んだものである。本件告示が誤つていた結果、原告長谷川が実際に支出した選挙費用は七六、八五〇円であり、寺内元助の支出した選挙費用は六四、二五〇円であることに徴しても、本件告示が両候補者の一方を特に有利にし他方を不利にしたとは断じられない。本件選挙においては有効投票五、一七〇票の中、寺内候補の得票三、〇九六票、原告長谷川の得票二、〇七四票で、その差は一、〇二二票にも達し、この差が数票の差であつたら格別であるが右のような差異をみると、具体的に両候補者については本件告示の誤りによつて、選挙の結果に異動を及ぼすとは到底考えられない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、昭和三八年七月二八日執行された千葉県山武郡芝山町々長選挙において原告長谷川はその候補者となつたが落選し、原告佐久間はその選挙人であつたこと、右選挙において芝山町選挙管理委員会は法定選挙費用を金八四、〇〇〇円と告示したが、右告示は公職選挙法施行令第一二七条に定める固定費一〇〇、〇〇〇円を算入しなかつたもので、同条によつて計算した金額は一八四、〇〇〇円であつたのを誤つて告示した違法の告示であつたこと、原告らは右告示の瑕疵を理由として芝山町選挙管理委員会に本件選挙に対する異議の申出をしたが、同委員会は昭和三八年八月三〇日原告らの異議の申出を棄却したので、原告らは被告に対し同年九月一二日審査の申立をしたところ被告は同年一一月二八日右審査の申立を棄却したことはいずれも当事者間に争いがない。

二、告示の瑕疵が選挙の結果に異動を及ぼす虞の有無について

(一)  公職選挙法が一九四条において選挙運動に関する支出金額の上限を画している趣旨は、選挙が経済力の強弱のみによつて左右されることを防止し、かつ必要にして十分な選挙運動をなしうるよう選挙運動を選挙費用の面から規制し、もつて選挙の合理性と公正を担保しようとする点にあるものと解すべきであり、右規定は、公正かつ合理的な選挙が行なわれるうえにきわめて重大な機能をはたすものというべきである。選挙費用法定の制度はこのように重大な機能を営むものであるが故に、前記法条の違反は、これを軽視することを許されない。同法二五一条の二、二項が選挙費用の法定額違反の場合当選人の当選も無効とすることがある旨規定しているのもこの故にほかならない。このことは、選挙管理委員会が同法一九六条により法定額を告示する場合についてもいえることである。けだし、選挙管理委員会のなした告示に法定額を誤つた違法のある場合には、その違法は、告示額が法定額を超える場合であるとこれに満たない場合であるとを問わず法の所期する選挙の公正と合理性を損うものだからである。すなわち、告示額が法定額を著しく下廻る場合、右違法は、一方において、十分な選挙運動が行われず、合理的な選挙を期待しえない結果を惹起し、他方において、地位、経歴を異にする候補者に不公正な選挙をしいる結果をもたらし、また、告示の違法が数額の著しい超過にある場合には、右違法は選挙の公正を損うもろもろの弊害をもたらし、経済的に異る基盤に立つ候補者に不公正な選挙をしいることになるからである。したがつて、同法一九六条所定の告示に存する瑕疵が選挙費用額の過不足の点にあつて、それが選挙の公正と合理性を疑わしめるに足りる場合には、右違法は特別の事情のない限り選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものと解すべきである。

(二)  これを本件についてみれば、芝山町選挙管理委員会が、本件選挙費用の法定額として一八四、〇〇〇円と告示すべきを誤つて八四、〇〇〇円と告示したこと前記のとおりであり、右告示額は法定額の半分にも満たないのである。しかも、成立に争いのない甲第一一号証の一、二、原告本人長谷川太祐の供述及び弁論の全趣旨によれば、本件選挙における候補者は原告長谷川と訴外寺内元助の二人であり、寺内が旧二川村(現芝山町の一部)の村長を三回にわたりつとめたものであるのに対し、原告長谷川は旧二川村に出生したものであるけれども昭和三年頃郷里をはなれ、爾来東京都に居住し、昭和三五年四月頃芝山町大台に薬局を開設し帰郷するにいたつたものであることを認めることができる。前記告示の瑕疵が、原告長谷川により多くの不利益をもたらし、不公正な選挙をしいる結果を招来したことは、右認定の事実から容易にこれを推認することができる。

してみれば、本件告示の瑕疵は、本件選挙の公正と合理性に疑を抱かせるものであり、本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものというべきである。

(三)  被告の主張(結果に異動を及ぼさない旨の主張)に対する判断

被告は右告示は本件選挙の各候補者に均しくなされたもので、それによる不利益は各候補者に均しく及んだものである、と主張するが、原告長谷川及び対立候補であつた寺内元助が前記認定のとおり著しく異る経歴を有する以上本件告示の瑕疵によつて受ける不利益が原告長谷川と対立候補である寺内元助に対して均しく及んだものということはできない。又被告は本件選挙において原告長谷川が実際に支出した選挙費用は七六、八五〇円であり、寺内元助のそれは六四、二五〇円であることによつても本件告示が両候補者の一方を有利にし、他方を不利にしたとは断じられない、と主張するので考えるに原告長谷川及び訴外寺内元助の実際に支出した選挙費用が被告主張のとおりであることは成立に争いのない乙第一号証及び甲第一八号証によつて認められる(原告らは寺内元助の選挙運動費は右金額に止まるものではない、と主張するが、これを認めるに足る的確な証拠はない。)が、このことは両候補者とも本件告示の誤りに気付かず、これを正しいものと信じて選挙運動をしたことを示すに止まり、このことから直ちに本件告示の瑕疵によつて受ける影響が両候補者にとつて同じであつたと断ずることはできない。次に被告は本件選挙における得票数に徴し、本件告示の誤りが選挙の結果に異動を及ぼすものとは考えられない、と主張するので考えるに、本件選挙における有効投票は五、一七〇票で、そのうち寺内元助の得票数は三、〇九六票、原告長谷川の得票数は二、〇七四票であつて、その差が一、〇二二票であつたことは当事者間に争いがないが、「選挙の結果に異動を及ぼす虞」とは選挙の結果に異動を及ぼすことが確実であることまで必要としない、と解すべきである(最高裁判所昭和二七年一二月五日第二小法廷判決、民集六巻一一号一一二七頁参照)ところ、本件選挙が正しい法定選挙費用の下で行われたとすれば、原告長谷川が当選したと断定することが出来ないと同様に当選しなかつたと断定することもできないし、正しい法定選挙費用の下で再び原告長谷川と寺内元助が候補者となり、選挙を行つた場合に本件選挙と逆の結果になる、と確実に予測することはできないが、必ず同一の結果になると予測することも不可能といわなければならない。従つてこの点に関する被告の主張も理由がない。もつとも証人小川三樹男、同戸井正雄の証言、原告長谷川本人尋問の結果及び前記乙第一号証によれば、本件選挙における原告長谷川の選挙運動は文書によるものの外は、選挙告示当日及び投票日の前日原告長谷川が自動車に乗つて町全体に亘つて街頭演説をした外はその中間において一回、部分的に街頭演説をした程度に止まり、自動車を使用し、候補者自ら街頭演説をするというような法定選挙費用に算入されない方法による選挙運動すら充分に行わなかつたことが認められるが、これは原告長谷川が演説下手であるため、自ら演説をすることは逆効果があると考えた小川三樹男の意見によるもので、法定選挙費用が正しく告示されていたならば、応援弁士を付けて遊説する計画であつたが、本件告示額が少額であつたためできなかつたという前記証言及び原告本人尋問の結果は首肯し得るから、右事実も本件告示の瑕疵が選挙の結果に異動を及ぼす虞がなかつた、と判断する資料とはならない。原告らは本件選挙運動費として八四、〇〇〇円では不足である理由の一つとして芝山町が広大な地域に部落が散在し、自動車経費がかさむことを挙げているが、自動車を使用するために要した支出が選挙運動に関する支出とみなされないことは公職選挙法第一四一条第一九七条第二項によつて明らかであるから、この点の原告らの主張は理由がないが、原告らの主張する選挙費用が自動車使用のための経費に限るものでないことはその主張の全趣旨によつて明らかであるから、これも本件告示の瑕疵が選挙の結果に異動を及ぼす虞がない、とするに足りない。他に本件告示の瑕疵が選挙の結果に異動を及ぼさないことを認めるべき特別事情は認められない。

三、してみると、本件告示の瑕疵は公職選挙法第二〇五条にいう「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」に該当するものと解するのを相当とし、従つて、本件選挙はこれを無効とすべきものである。

よつて被告のなした裁決を取消し、本件選挙を無効とすることとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 牛山要 岡松行雄 川嵜義徳)

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